五木ひろしコンサート梅田芸術劇場! 歌謡界大御所驚異の歌唱力

はじめに

今日は大阪梅田茶屋町の

梅田芸術劇場で五木ひろしコンサートを

視聴したく思い、出かけました。

彼は今や歌謡界の大御所と言っても

過言ではないと思います。

流しをやっていて苦労した時期も

あったようです。

全日本歌謡選手権を契機に

ブレークし次々にヒットを

飛ばしました。

五木ひろしの来歴

①1970年代

1970年、『全日本歌謡選手権』に、

出場しました。

10週連続で勝ち残り、

グランドチャンピオンを獲得したのです。

この番組の2週目の審査員だった

作詞家の山口洋子が徳間音工を紹介して、

キックボクシング・ジムの

野口プロモーションと契約を結び、

このプロモーションの

芸能人第1号となったのです。

山口洋子と作曲家の平尾昌晃に

つくことになりました。

そして1971年3月に五木ひろしとして、

ミノルフォンからデビューするのです。

「よこはま・たそがれ」で山口洋子が

詞を書き、平尾昌晃がそれに

曲を付けたのです。

「よこはま・たそがれ」は

65万枚に迫る売上げを記録しました。

第2弾の

「長崎から船に乗って」も

45万枚に迫る売上げを記録したのです。

この年、第4回日本レコード大賞

男性新人賞を受賞しました。

また「よこはま・たそがれ」では

第13回日本レコード大賞

歌唱賞(初受賞)を受賞し、

NHK紅白歌合戦(第22回)への初出場も

達成したのです。さらに、

「夜空」で第15回日本レコード大賞を

初受賞しました。

まさに順風満帆の勢いを感じさせます。

②1980年代

「契り」は

映画(東映系)「大日本帝国」の

主題歌としての作品です。

作詞家の阿久悠と組み、

20万枚を超える売上げを記録しました。

谷崎潤一郎の小説にヒントを得た

艶歌(つやうた)「細雪」は

45万枚に迫る売上げを記録しました。

「細雪」で第25回日本レコード大賞

特別金賞を5年連続5回目の受賞しました。

五木の熱意も実り、作詞家石本美由起が

旅情艶歌「長良川艶歌」を、

誕生させました。

長良川の風情ある鵜飼いを描写するなど、

旅情を掻き立てる妖艶な歌と言えます。

後年、「長良川艶歌」の歌碑が長良川畔の

川灯台脇に建立されました。

1985年、「そして…めぐり逢い」は

25万枚を超える売上げを記録しました。

③1990年代

1990年に船村徹が作曲した「心」は、

北島三郎風の“正統派演歌”であり、

15万枚を超える売上げを記録しました。

20周年ゴールド・シングルとして

発売された「おしどり」は

夫婦愛を描いた演歌であり、

翌1992年(平成4年)にかけて

35万枚を超える売上げを記録しました。

1997年、第48回NHK紅白歌合戦では

「千曲川」で8回目となる白組トリ、

3回目となる大トリの大役を果たしました。

第49回NHK紅白歌合戦では「酒ひとり」で

2年連続9回目となる

白組トリとなりました。

1999年、「再り会い」は10万枚に迫る

売上げを記録しました。

④2000年代

2000年、「山河」は小椋佳、堀内孝雄

のタッグで中国を舞台にして、格調高く

歌いあげました。

中国楽器を取り入れ、スタンド・マイクを

使って歌いあげたのです。

第51回NHK紅白歌合戦では「山河」で

10回目となる白組トリ、4回目となる

大トリとなりました。

2002年、自身の

レコード会社「ファイブス・

エンタテインメント」を設立しました。

ファイブス・エンタテインメントの

シングル第一弾「傘ん中」は10万枚に迫る

売上げを記録しました。

「傘ん中」で第35回日本作詩大賞を

阿久悠(歌:五木ひろし)が

受賞しました。

2004年、3月、第54回芸術選奨

文部科学大臣賞(大衆芸能部門)を

文化庁より受賞したのです。

「五木ひろしライブコンサート」(日生

劇場、9月)において日本の歌謡界に

燦然と輝く古賀政男作品に

チャレンジし、敬意を表しながら、

五木ひろし自身の個性や魅力を十分に

発揮し存在感を示しました。

2005年、「ふりむけば日本海」は

五木寛之と初めて

コラボした作品です。

10万枚に迫る売上げを記録しました。

⑤2010年代

2012年、愛媛県松山市の二番町を

舞台にした「夜明けのブルース」を

発表しました。

その後、松山うたこころ大使を

委嘱されました。

2013年、博多ア・ラ・モードで

第46回日本作詩大賞をレーモンド松屋

(歌:五木ひろし)が受賞しました。

2018年秋の叙勲では旭日小綬章を

受章するまでになりました。

最後に

以上のように五木ひろしの来歴を

たどると、再デビュー後は、

常にヒット曲を出し続け、

押しも押されぬ歌謡界の大御所となるに

至りました。

昭和23年生まれということで、

なんと70才で、あの艶やかで、

迫力ある歌唱力を今でも把持しているので

驚異的なことです。

今日のコンサートでも喉の衰えなど

微塵も感じさせなかったです。

まだまだ歌い続けていけるのではと

思った次第です。

ABOUTこの記事をかいた人

長年教育の場で、働いてきました。 前半は、日本の小学校で、 後半は日本の高校、日本の大学、 中国とベトナムの大学で日本語教師という風に! 今年2018年6月に日本に帰国しました。