大連中山広場隣接のヤマトホテルは日本統治時代を彷彿

はじめに

日本と今でも関係の深い中国の

大連が困惑しているそうです。

大連は中国でも有数の日本語人材を

輩出する街で有名です。

大連各地に日本式の建造物が

見られるのです。

満州統治時代のヤマトホテルを

はじめ、数多くの日本を彷彿させる

建物に哀愁を感じてしまいます。

大連について

中国の大連は、20世紀に入り、

日本統治時代に

建造された大正風な建物が

数多く残存しています。

歴史愛好家には中国のなかでも

魅了される街だと思います。

大連の近くには日露戦争の激戦地で、

作家司馬遼太郎が小説「坂の上の雲」で

描写した旅順も存在します。

私は、中国滞在中の2016年に

行ってみたいと思っていたのですが、

絶好の機会を得たので、大連を巡る

旅に出ました。

フェリーで煙台から大連目指して

航行したのです。

バスに乗り換えて、

まず大連中心部にある中山広場に

向かいました。

バスの中では、男性ガイドが練達な

日本語で大連について

説明してくれました。

途中、日本の大きな駅舎に似ている

大連駅で、一旦降りてタクシーで

ヤマトホテルに向かいました。

大連は遼東半島南端にあり、

日本や諸外国から製造業やIT企業など

数多くの企業が進出している

工業都市でもあるのです。

大連の地名の由来は、

1898年にロシアが租借し、

遠い所という意味の「ダリニー」と

名付けられたのです。

その後、日露戦争(19045年)の後、

日本の租借地となって以降、

大連と改名されたのです。

ガイドは治安は良い方ですが、

道路では気を付けてくださいと

と注意を喚起しました。

車窓から眺めてみると、確かに車の運転は

荒っぽいようです。

周囲を気にせず車線変更をいきなり行う

車両や歩行者でもすぐ側に近づく車でも

無視して横断しているのです。

街中では先を争う車のクラクションの

音が鳴り響き、うるさ過ぎます。

車も人も、とにかく溢れかえっています。

日本語人材豊富な街

歴史的にも大連と日本は繋がりが深く、

日本企業も多いので、

日本語人材が豊富なのです。

1990年から連続して、

キャノン主催の中国人学生による

日本語弁論大会が

実施され続けています。

参加者は延べ15万人にのぼったそうです。

今年6月中旬に、大会会場で、

キャノンの御手洗冨士夫会長は、

「日中関係が良くない時代もあったが、

30年間休まずに行えたことは意義深い」

と述べています。

大連市の市長は「弁論大会は日本語人材の

育成に貢献してくれた」と

語ったそうです。

大連は、こうして日本語を駆使できる

中国人を育成してきた街として

有名です。

大連の街にある数多くの日本企業を

下支えしてきたのです。

日中関係が回復しつつある今年になって

急に、大連市政府が日本企業の

誘致強化策に、転じつつあるようです。

最後に

中国のなかでも特に、日本企業や日本人が

多く、日本語教育熱も高い大連の街と

友好関係を維持していくのは、

とても大切なことだと思います。

やはり日本は海洋国家ですので、

外国との関係は出来るだけ

良好な状態にしておく必要があります。

時には、毅然とした対応も

大事ですが、柔軟な姿勢も

示す時があってもいいと思います。

たとえ細い糸でも、

プッツンと切ったら、お終いなので

やはり大事に扱うべきかもしれません。

ABOUTこの記事をかいた人

長年教育の場で、働いてきました。 前半は、日本の小学校で、 後半は日本の高校、日本の大学、 中国とベトナムの大学で日本語教師という風に! 今年2018年6月に日本に帰国しました。