日本経済バブル崩壊後デフレ脱却で今後の課題と展望

はじめに

昭和の終焉と平成の初期は、

日本は空前のバブル真っ只中に

遊弋していました。

1989年12月29日、日経平均株価が

史上最高値の3万8,957円に

到達したのです。

この頃は冗談で

「皇居の広さの土地を売却すれば

アメリカのフロリダ州を購入できる」と

言われていたのです。

銀行も金余り状態で、投資先を探すのに

躍起になっていたようです。

なかでも、建設不動産業界は、景気が良く

札びらにライターで火をつけ

タバコを吸う輩もいたようです。

どこもかしこも繁華街は特に

活況を呈してまさに、この世の春という

感じでした。

当時の日本は、まるで今の中国のような

感じでした。

バブル崩壊

以上のような状況は長くは

続かなかったのです。

1990年にバブルがはじけてしまったのです。

1992年には、さらに地価のバブルが

はじけたのです。

にもかかわらず社会やメディアは、

深刻に受け止めていなかったようです。

そうこうするうちに、

弱り目に祟り目というのか、

1995年1月17日に、阪神・淡路大震災が

発生するのです。

同年3月20日には、

地下鉄サリン事件が起こったのです。

実に日本の屋台骨を揺るがすような

事件が次々に発生したのです。

1990年代は、ある意味激動の

時代だったようです。

失われた10年

バブル崩壊の後、1990年代から2000年代

はじめにかけて、

日本は「失われた10年」と呼ばれるように

なりました。

このような停滞の時代に、不死鳥の如く

2001年に小泉純一郎首相が誕生したのです。

構造改革を口にしながら、

あの小泉・竹中コンビで、米欧型の

新自由主義の旗を高らかに掲げたのです。

日本的経営とも言われ、他国に羨望された

終身雇用と年功序列を

ぶち壊しにかかったのです。

企業は生き残りをかけて、非正規雇用を

増やし、結果として社会間格差を

拡大していく悪しき時代が

開始されていったのです。

イノベーションの機会

かような社会間格差の拡大の中で、

ホリエモンや村上ファンドが誕生したのです。

この2人のチャレンジャーは、

奇しくも東京地検特捜部に

逮捕されてしまったのです。

その結果、日本の未来の曙光であった

イノベーションの芽が潰されてしまったのです。

ホリエモンがもし逮捕されなかったら、

ひょっとして日本のジャック・マーに

なっていたのではと思うのは、

私だけの買い被りでしょうか。

最後に

アベノミクスによって、

日本はようやくデフレを脱却しつつ

あるような錯覚に陥っているかのようです。

一部の富裕層や株主と大企業のみで、

大多数の庶民は、景況感を

把持していません。

この先、消費税導入が控えているので、

庶民のサイフの紐が緩むことは

ないと思います。

戦後の日本経済の歴史を振り返って

これからの日本の針路を

どのように舵取りするのかは、

日本のリーダー層に課された大きな

課題だと思います。

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