糸井重里コピーライターと芦田愛菜の年齢差感じさせない白熱対談

 

はじめに

2019年2月2日放送された‬

‪NHKの「SWITCHインタビュー‬

‪達人達」は、糸井重里と芦田愛菜という‬

‪異色の組み合わせで、‬

‪面白かったですよ。‬

‪70歳と14歳という56歳も年齢差が‬

‪あるのです。‬

‪糸井重里は、「ほぼ日刊イトイ新聞」を‬

‪主催しています。‬

‪芦田愛菜は女優です。

コピーライターとしての糸井重里

コピーライターとしての経歴は、

かなりの実績があります。

「不思議、大好き」

「インテリ‬げんちゃんの夏やすみ」

など数々のコピーがあり、

特に、「おいしい生活」は、代表作と

言えるようです。

糸井重里によると、

よりよい生活をめざす社会から心の充足を

求める社会への変化を表現したそうです。

糸井重里の映画のキャッチコピーなど

また、1980年代後半には、

活躍の場を広げ、映画のキャッチコピーを

続々と発表したようです。

「このへんないきものは、まだ日本に

いるのです。たぶん。」(となりのトトロ)

「トンネルのむこうは不思議の町でした。」
(千と千尋の神隠し)

数多くの映画の世界観を糸井重里風に、

表現しているので、キャッチコピーが、

今更ながら、目に焼き付けられる感じです。

特に、感動的なのは、

「4歳と14歳で、生きようと思った。」
(火垂るの墓)

というキャッチコピーです。

野坂昭如原作のアニメ映画『火垂るの墓』は、

日本だけでなく、世界中で、感動の渦を

巻き起こした作品です。

私の赴任先の中国やベトナムの大学の

多くの学生達が、涙無くして、見れない程

感動したと話していました。

糸井重里によると、

登場人物の年齢、その数字を書くだけで、

何を感じるかというと、

4歳では、生きられっこないし、

14歳は、4歳を生かすだけの力がない

すなわち、14歳の人が4歳の子どもを連れて

ふたりで生きようと思ったというところに

なみなみならない状況にあるなってことが

わかるということだそうです。

作詞家糸井重里

糸井重里は、作詞も手掛けていたようです。

沢田研二「TOKIO」1980年

矢沢永吉「天使たちの場所」1979年

斉藤哲夫「いまのキミはピカピカに光って」
1980年

などがあります。

芦田愛菜について

芦田愛菜は、名子役と言われ続けてきました。

今や、14歳の中学2年生です。

さすがに、糸井重里と対談が成立したので、

ビックリです。

女優としての数々の経験が、

身に付いてきたのでしょうね。

芦田愛菜の発言で、印象に残ったのは、

「言葉じゃない言葉 言葉にならないところの

言葉って一番大切」

と述べたことです。

糸井重里の本『小さいことばを歌う場所』の

「ことばは、いつも気持ちに足りない。

そんな気がしているから、みんなが

ことばをトゥマッチに

したがるんでしょうね。」という一節が

ありますが、芦田愛菜の発言に通ずる

ものがありますね。

最後に

糸井重里が、

かわいいという言葉が、

大好きなようなので、

チョット意外でした。

糸井重里によると、

「かわいい」って言葉は、”社会の酸素”だと

断言していました。

音とかけ算で使ってる言葉はもっと

豊かに音を広げていけばいい

かわいいは、言い方で、多様な意味になると

いうことでしょうね。

以上、ふたりの白熱?した対談を

視聴して、再度、日本語について、

色々と勉強させられたような気がします。

ABOUTこの記事をかいた人

長年教育の場で、働いてきました。 前半は、日本の小学校で、 後半は日本の高校、日本の大学、 中国とベトナムの大学で日本語教師という風に! 今年2018年6月に日本に帰国しました。