香港の中国国歌侮辱罪条例で民主化さらに後退し一国二制度形骸化か

 

はじめに

香港が大変なことになってますね。‬

1997年の中国への返還の時、

50年続けるとの約束だった

‪一国二制度が、‬

‪徐々に形骸化しているようです。‬

‪中国国歌侮辱罪のような条例が

‪成立しそうですが…‬

‪中国は、2017年に国歌法を施行して、

‪香港にも立法措置を‬

‪要求していたそうです。‬

‪民主主義とはかくも脆弱なんですね!‬

中国の国歌とは

中国の国歌は、義勇軍行進曲ですが、

もともとは、抗日に立ち上がる青年詩人を

描いた映画《風雲児女》(1935)の

主題歌だったようです。

新中国成立とともに国歌に

指定されたそうです。

歌詞の大意は、

奴隷に甘んじるな、中華民族は

今や危急存亡の時である。

立ち上がって、一丸となって

敵の砲弾を打ち砕け。

というような勇ましい革命歌です。

中国国歌侮辱罪条例案の内容

香港の行政長官や立法会議員の就任宣誓の時、

国歌の演奏を義務化したり、

国歌を替え歌で歌うという侮辱行為に対して、

罰則を科したり、

インターナショナルスクールを含めて、

小中学校でも国歌教育を要求しています。

このような条例案が浮上してきた

背景には、サッカーの試合の時、

中国国歌斉唱を求められた若者を

中心にブーイング抗議が

相次いだそうです。

民主派を中心にしたデモ

1月23日に、親中派が多数を占める

立法会の建物の前で、

2014年の雨傘運動の学生指導者達が、

組織化したデモ隊が抗議したようです。

このような条例案は、

表現の自由を抑圧して、中央政府に

忠誠を強制するとして、

強硬に反発したようです。

中国への返還後の香港民主化運動

2012年に起きた愛国教育に

反対する大規模なデモが勃発しました。

中国国民としての愛国心を育成する

科目の導入に、洗脳だと教師や保護者達から

一斉に反発が起きたのです。

当時、中学生だった雨傘運動の

元幹部周庭さんは、自分と同年代の

学生団体が反対運動をしていることを

フェイスブックで知り

興味を引かれたそうです。

結局、激しい抗議運動を受けた香港政府は

科目導入を事実上見送ったそうです。

2014年香港は、一国二制度のもとで、

香港のトップである行政長官選挙に、

民主派の立候補を排除する制度を

中国が強権的に、決定したのです。

そのような中国の措置に、

激烈に反発した学生や市民が

公正な普通選挙を要求して立ち上がったのです、

主要幹線道路の占拠と、それを排除する

警察部隊の催涙スプレーを、

デモ隊は、傘で防御したそうです。

それで、雨傘運動と呼ばれているようです。

しかしながら、結局、

普通選挙の実現を果たせず終わったようです。

その後、中国は民主派や香港独立派への

圧力を強化していきました。

立法会(議会)の民主派議員の

議員資格が剝奪されるなどの

動きが続いたのです。

周庭さんも昨年、立法会補選への立候補を

無効にされたようです。

香港メディアは、

「DQ(Disqualify)=失格させる)」との

見出しでニュースを伝えたそうです。

雨傘運動率いた周庭さん

前述した2014年に香港で起きた

大規模な民主化デモ「雨傘運動」を

率いた学生団体の元幹部、

周庭さん(22)が年末から年始にかけて

来日したそうです。

1月5日に東京大学の駒場キャンパスで

トークイベントがありました。

周さんは香港バプテスト大学で

政治や国際関係を学ぶ4年生だそうです。

今でも、雨傘運動の若者達が創設した

政治団体「香港衆志」のメンバーとして

活動しているそうです。

中国の習近平国家主席は1月2日に、

一国二制度による台湾統一を

呼び掛けたようです。

今の香港は「一国一・五制度みたいな」

状態だと答えた周庭さん。

自由やさまざまな権利が減っていく

状況を経験してきたとして

「一国二制度の方向へ行ってはいけない」と

力を込めたのです。

「台湾は民主的な制度や選挙を持ち、

権利をすごく大事にしています。

一国二制度は中国のうそだから

信頼できないです。」と

話したそうです。

中国天安門事件の悪夢

30年前の6月、中国は本土で起きた

民主化運動を武力弾圧したのです。

あの悪名高い天安門事件です。

当時の運動に「少しだけ参加」し、

長年日本で暮らしてきたという

南京出身の女性は、周庭さん達の

活動への共感を込めて

「あの国に変わってほしいものです。

でも中国共産党は

どんどん厳しくなっているようです。」

と訴えたそうです。

ABOUTこの記事をかいた人

長年教育の場で、働いてきました。 前半は、日本の小学校で、 後半は日本の高校、日本の大学、 中国とベトナムの大学で日本語教師という風に! 今年2018年6月に日本に帰国しました。